大仏くん.com

競馬予想と小説、様々な競馬に関することを書いてます。予想方法は現在研究中ですが、血統と騎手、コース適正から予想しています。

2017年12月


競馬に出会い早20年。
毎年有馬記念の文字を
メディアで見ると年の瀬を感じます。
今年は初めてライターとして予想を公開させていただけるというありがたいお話を頂くことができました。

初の予想ということでしっかりと
予想を的中させ、来年に向け弾みを
つけたいと思います。

レインボーライン 【評価B】
ガッチリした四肢はいかにもパワーのいる馬場に向きそうで、年末の中山開催に合いそうな脚。
胴も程よくふっくらと映る。好勝負に期待できそうだ。

スワーヴリチャード 【評価B+】
いかにもパワーのありそうな迫力のある馬体。
トモにもパワーが感じられる。スピードコースの東京よりも中山が向きそうだ。

シュヴァルグラン【評価B+】
激走のあとだが馬体はガレるどころか前走以上の出来。
毛ヅヤもよく、前走に引き続きいい出来で臨めそうだ。好勝負必至だろう。

キタサンブラック【評価A】
天皇賞の激走からか、前走で感じられなかった迫力が戻ってきた。
しっかりと結果を残せそうな馬体。こちらも好勝負必至。

*結論*
買い目はキタサンブラックから3頭への馬連。シュヴァルグランとの馬連は厚めでも問題ないか。

では、またホープフルSで会いましょう。

それから月に1回は競馬場に連れて行ってもらうようになるのだが、徐々に競馬の魅力に惹かれて行くに連れてある夢を持つのだった。


それは「騎手になりたい。」

中学校に進学した僕は、父親の影響で柔道部に入った。

鳴かず飛ばずの成績だったが、黒帯を取ることも出来た。


中学校3年生になり、進路を決める時期に僕は、 JRAの騎手課程について調べた。

する時応募条件に「身長制限、体重制限」の文字。


僕は身長180cm、体重 65kgだったため、応募資格すらなかったのだった。

しかし僕は次なる目標を持つことになる。

「馬主になる」

少年時代は今思えば怖いもの知らずだった僕は、馬主になって競馬に携わりたいと考える。

その時に馬主について調べると「とにかくお金持ちにならないといけない。」ということだけはわかった。


それだけを理解したら答えはすぐに出た。

「なんかの社長になればいい!」

そんな簡単な目標だけで僕は商業高校に進学することを決める。


今思えば、商業高校=社長というわけではないのだが、とにかく社長になるには商業高校を出た方が有利と勘違いしていた。


見事に安易な考えで進学先を決めた僕は、一心不乱に受験勉強をした。


そして、安易な考えで進学先を決めた僕は、商業高校に見事合格するのであった。


続く

とある週末、父親が「出掛ける準備をしろ。」というので、着替えて車に乗る。

「どこ行くん?」と聞くと父親は「着いたらわかる。」と一言だけで車を運転する。


到着すると、やたらと広い駐車場に車を停めて、少し歩くと目の前には「阪神競馬場」の文字。


ん?阪神競馬場?

前行ったとことは違うんや。


でも馬が観れる!とすぐにテンションが上がった。


園田競馬場と違い、比較的に若い人もチラホラ居た。

子ども連れの家族も非常に多かった。


僕は父親に

「前のとことここは何が違うん?」と尋ねる。

父親は少し考え、一言でまとめた。

「競馬場にもレベルがあって、その中でもレベルが高めなのが阪神競馬場やで。」


正直、よくわからなかったが、とにかくレベルの高い馬が観れる!という事だけは理解した。


目の前で走る馬はやはりカッコいい。

ターフィーとも写真を撮った。


これが僕の人生の転機だった。


続く

約束通り、退院後園田競馬場に連れて行ってもらった。


そこで見た景色はテレビで見るより遥かに広い!そして、馬が目の前を歩いている!

興奮気味にはしゃぐ僕。

それを見て、微笑む父親。


初めて父親との楽しい思い出が園田競馬場だった。


僕はパドックで馬を見て興奮、返し馬で興奮、レースで興奮と常に興奮していた。


父親は馬券を買っていたが、すこぶる調子が悪かったらしく結構負けていた。


最終レースを前に帰ることになったが、僕にとっての競馬場デビューは「感動と興奮」の一言だった。


帰りの車の中でもずっと馬について語る僕、それを適当に聞き流す父親。


今思えば、父親は少しイライラしていたのだろう。

家に着くと母親はご飯の支度、僕は珍しく父親とお風呂に入った。


お風呂の中でもずっと競馬の話をした。

その時の父親の表情は少しイライラが収まり、笑顔で話を聴いてくれた。


ご飯を食べ終わり、父親が僕を近くの本屋に連れて行ってくれた。

その本屋で父親は馬の写真がいっぱい載っている本を買ってくれたのだった。


僕はその本をずっと熱心に読んだ。

大事に大事に寝るときも枕元に置いて寝た。


しかしその数ヶ月後、もっとすごい経験をするのだった。


続く

入院生活をしているうちに段々と暇な時間が増えてテレビを見ていた時、テレビで初めて競馬を見たのだった。


その時に見たのは園田競馬だった。


競馬はおっさんがするもの。

と僕は認識していた為、意識的に今まで見た事もなく、この時に初めてじっくりと競馬を見た。


よくわからないが速く走る馬がとてもカッコよく見えた。

一生懸命に鞭を振るう騎手、それに答えて懸命に走る馬をみて、シンプルにカッコいいと思った。


するとパート終わりの母が病室に来た。


競馬を見る僕をみて母は

「こんなん見るの100年早いわ!」と言ってチャンネルを変えた。


僕は母に向けてこういった。

「退院したら馬見にいきたい!」


母は即答で「お父さんに頼みーや」と返した。


僕にとって、父親は非常に怖い存在だった。


ザ昭和!と言った典型的な頑固オヤジだったからだ。


あまり父親との楽しい思い出はない。


しかし、馬を見にいきたいという僕は、入院しているという立場を利用し、仕事終わりに見舞いに来た父親に勇気を振り絞って頼んでみた。


「お父さん、退院したら馬見に行きたいから連れて行って!」


すると父親は

「競馬なんか子どもがするもんちゃう。」と一言で終わらせた。


その言葉を聞いて、僕は非常に残念な顔をした。


あまりにも残念そうにあからさまにヘコむ僕を見て父親が

「どうしてもみたいんか?見るだけなら退院してから連れて行ってやるわ。」と心の折れた表情で言った。


僕は嬉しくて嬉しくて、早く退院したい!ということを担当のお医者さんにも伝えた。


するとお医者さんは

「来週の頭には退院しても大丈夫だと思うよ。」といった。


そして、翌週僕は退院した。


ついに初めての競馬観戦を経験する時が来るのだった。


続く

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